Looking Back Over the Days of Community Internship

1202erika

杉谷絵梨花 さん
神戸大学国際文化学部1年
イギリス・2012年2月参加


今回のインターンシップを振り返るに当たり、1つずつ思い出しながら振り返ろうと思う。

○なぜ―きっかけ
私がこのインターンシップに参加したきっかけは、大学に貼ってあった1枚のポスターを目にしたことだった。大学生になったら海外に行きたい、でも留学は勉強に限られてしまう気がして何だかもったいない、と思っていた私はインターンシップという言葉に惹かれ、ポスターをしばらく眺めていた。「日本文化を教える」「イギリスのまちづくり」「フェアトレードに貢献」これら3つの言葉をみて更に興味を深めた私は、さっそく資料を申し込んでいた。今考えるとそれら3つのどれに関しても知識があいまいで、しかし忙しさを理由にそれをほったらかしたまま渡航してしまったのは大変残念なことだったと思う。


○どこで―イギリスの港町で
イギリスに降り立った日、空港からバスに乗り見えた景色はほとんどが牧草地や畑。本当に人が少ないんだなぁと感じていたものの、Ramsgateに着いてみると茶色いブロックでできたかわいいお家がずらり。同時に路面駐車が気になりはしたが、人が住んでいる、生活を感じるまちだった。Ramsgate、BroadstairsとMargateはどこも海、港を中心ににぎわっており、天気のいい日には多くの人がTown centre で買い物や散歩などを楽しんでいた。またTown centreだけでなく住宅地の中にも多くのパブが点在しており、夜中まで地元の方々の愉快な声が響いていた。Churchill Houseが提供しているパブも地下には学生がおり、1階には地元の方が集っていた。私はあちらこちらへと出かけていき、気のいいマスターにお金の数え方を教えてもらったり、94歳のおじいさんのベルギーに行った話を聞くなどまた別の出会いの場があり、いい交流の機会を得たと思う。Ramsgateのレストランやパブでは「あの語学学校の学生さんね?」と尋ねられることが多く、Churchill House自体もまちの活気をもたらす一因になっているのではないかと思った。


○何を―日本文化、まち、Fair Tradeを
日本文化、と一口に言っても食事・芸能・言語・習慣・宗教・衣服・住居・年中行事など多くの切り口がある。今回のようなプログラムでは多くを伝えることは難しく、私の気持ちとしては日本文化というよりも「イギリスのまちにない何か」を紹介しようと考えていた。

折り紙に関して言えば、折り紙自体を知っている子は多く、2校目では事前にChinese Fortune(私の地元ではぱっくんちょと呼んでいた)を作っていた。しかし予想していた通り端と端をきっちり折る子はなかなかおらず、後々の工程でうまくいかなくなってしまうこともあった。そんな場合はヘルプで呼ばれたときに”Sorry, but I can make it stronger.” などと言いつつ一度開いてやり直してから次の工程を教えるなどしていたが、折角折ったものを開くというのは本当に残念で、うまい方法はなかったのかと思う。また折り紙でかぶとのつのを折る工程や“袋を開く”工程では難しかったのか近くの子やインターンにすべて任せてしまう子が多く、どの程度手を貸してあげるのかなど、共通にするとまではいかなくとも一度確認しあうことは必要だったように感じる。6年生の授業でかぶとだけでは時間が余ってしまうためもう1つ何か作ろうということになり、遊べる折り紙として手裏剣を紹介した。予想以上にニンジャの人気が強く、Ninja Star(手裏剣)を作るよ、といった瞬間の子供たちの目の輝きは忘れられない。それを見ただけであぁやってよかったと思うくらいだった。先生にも折り紙を渡し、こどもに教える手伝いをしてもらいつつ先生自身にも作ってもらうようにしたので、先生も心なしか楽しんでいるように感じた。

かるたゲームは大いに盛り上がった授業の1つだ。1校目では思っていたよりもすぐにルールを理解してくれ、混乱なくゲームを楽しむことができた。しかし2校目では先生が勘違いをしており、先生がこどもたちに間違ったまま伝えてしまい、それに私たちが気付かないままだったことにより不平が出てしまった。ゲームの中で疑問に感じたのは果たしてこどもたちはSentence の内容を聞いているのか、ということだ。最初の音に注意しすぎて文章全体を聞いていないかも、絵と文がつながっていると意識して取っているのかと思ったのは、かるたの内容に関してこどもから反応をもらえなかったからだ。予想としては、「ここ知ってる」「私ここ好きだよ」などといった言葉があると思っていたのだが、初めにLocal Karutaだと言ったからなのか、ゲームに集中しすぎていただけなのか、いずれにしろゲームの後にカードについて質問を投げかけるとよかったかもしれない。

かるたづくりはまちづくりの一環として行うと聞いていた。私がLocal Karutaに取り組んだのはRamsgateのまちだった。1週間滞在したとはいえまだまだ知らないことばかりで、わくわくしながらかるたづくりに取り組んだ。語学学校の先生から、こどもたちはあまり外で遊ぶことが許されておらず、家の中で遊ぶことが主だと聞いており、また公園を見ても遊具の周りにはフェンスがあるなど自由にまちを歩くことが少ないのではないのかという予想を抱いた。その真偽は確かではないが、かるたのトピックとして「私しか知らないお気に入りの場所」が出なかったことを残念に思った。まち、自分の住むまちのことをこどもたちには知ってもらいたかったのだが、「知る」「再確認する」というよりも「現在ある知識だけで考える」作業になってしまった。それでも、1時間目の終わりに「かるたのトピックを考えといてね」と投げかけたところ、休み時間が終わると私が何も言わなくともすっ、すすすっ、と多くの手があがったのをとてもうれしく思った。その後の質問でもこちらから提案することがないように、全員に発言をしてもらうようにと努め、うまくいったと思う。私が担当したテーブルでは活動に対してみんな積極的で、フィールド、トピックを決めたり、私が決めかねていることがあると「こうしたらうまくいくよ」と提案までしてくれたりと、1番こどもたちと仲良くなれた授業だった。

Fair Tradeに関して私はあまりいい結果が得られたとは思えない。Tea Partyで何が行われるのか、時間・場所も把握していなかったばかりか、Fair Tradeに対する自分の役割をつかむことができずに、どのような姿勢で臨んでいいものかずっと悩んでいたのだ。私たちがTea Partyのメインの出し物であり、人を呼ぶために招かれたのであれば、小学校での授業で宣伝し、まち歩きの際にもお店の人にポスターを貼らせていただくなどの努力もできたと思う。私がそれに気づいたのがTea Partyの後であり、最大限の努力ができなかったことに対して悔しく思っている。


○誰に―こどもたちに
こどもはどこの子でも元気がいっぱいで、毎日顔を合わせるだけでこちらも元気をもらった。ゲスト慣れしているのかはわからなかったが、私たちが校内をうろうろしていてもいたずらに話しかけたりそわそわしたりすることもなく、やんちゃだった自分の過去と比べるとみんないい子にしてくれたと思う。特に発言をする際には挙手をする子が圧倒的に多く、一斉に話し始めるということが少なかった。”Do you know what it is?” とみんなが知ってるキャラクターを見せるとぱぱぱっと一斉に手が上がり、とてもうれしくなった。

私たちが何もしないとおしゃべりが始まるが、話を始めると興味を持ってみてくれる子が多く、またそれぞれの作業にヘルプで回った時には一人ひとりが真剣な表情で取り組んでくれていた。私たちの説明が分からなかった子や、うまく作業に取り組めない子には近くの子が積極的に教えてあげていた。”You are a good teacher!” と声をかけるとえへへ、とはにかんだ笑顔を見せてくれたのが印象に残っている。

こどもたちの英語は本当に速く、聞き取れないことが多かった。授業中などは時間も限られているためじっくり聞いている暇もなくごめんね~と言いつつ流してしまうことが少なくなく、自分の語学力を腹立たしく思うと同時にこどもに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。伝えたいことがあるのに無下にしてしまったわけだから。

授業の中で対象としていたのは子供たちだったが意外なところで先生からの反応も得ることができた。鳴き声クイズをした授業の後にこそっと言われた、本当にそんな声で鳴くの?という言葉や、着物の話をしているときにこども以上に食い入るように見入り、後から素敵だわ、それから…、と2、3個いただいた質問などこどもたちとはまた違ったり、同じ目線だったりと貴重なものに感じた。
 授業のそと、例えば夜のSocial clubやFair Trade Tea Party、ステイ先などでの交流の中でも多くの人に出会う機会があった。日本のことを知っている方、行ったことがある方、折り紙が得意な方、苦手な方いろいろな人がいた。中でも私のホストファミリーは日本人の友人がおり、京都へ旅行したことがあると聞いた。”We don’t like tofu because it is like a rubber.” と言われて反論しない私ではなかったが、 意見を揺るがすことはできず、悔しく思った。


○誰が―日本各地の学生が
このプログラムで1番の収穫だともいえるのが、かけがえのない仲間たちとの出会いだ。半ば偶然にも私の友人も同じプログラムに参加していたが、その他北は北海道南は沖縄まで全国から集まったメンバーはこのプログラムがなければ一生出会うことはなかっただろう。仲間として一緒に授業を作っていく際にも、この人はこういう役割が得意だ、このような仕事はこの人に合っている、自分はこのような立場だからいま全力を尽くそう、といった「適材適所」なチームプレイが3週間の間に実現できたことは素晴らしいと思う。それぞれが(かなり濃い)個性を持ち、かつ柔軟に周りとの協調を図ることができたからだろう。チームプレイということで同じチームにならなかったメンバーとあまり時間を共有できなかったことが残念に思われる。しかし限られた人数とはいえ、3週間という時間の中でお互いの目標を話し、国際協力やフェアトレード、このプログラム自体の在り方などについて語り合えたことはこの上なく勉強になるものだった。それぞれが自分の目標、思いを持ち参加しており、教育に興味を持った人、国際協力に関心がある人、いろいろだった。そんな中で自分の価値観を見つめなおし、相手の意見を考え、さらに悩んでいくことが大事だと感じた。もっとも身をもって感じたことは「人は見た目じゃない」ということではあるが。


○どのように―授業を通して
このプログラムではこどもたちに「授業」を通じて日本の文化を教えていった。授業の流れ、子供たちの反応を予測し、できるだけ楽しく伝わるように工夫した。説明の時に視覚情報を入れる、単に説明するよりは質問を投げかけてみるなどの配慮はしたつもりである。授業内容やインターンの人数にもよるが少人数のグループごとにインターンを置く形にすると、個別対応がすぐにでき、授業から少し離れた質問、例えばこのあいさつはなんていうの?などこっそりと教えてあげることができる。どうしてもクラス全体対インターンの講義のような形ではちいさな疑問を流さざるを得ないことが多いように感じた。

授業では大まかな流れをマニュアルに従って作っていった。もともとこどもたちに体験してもらうことを重要視しているようだったので、聞くだけの授業、にはならなかった。始めて聞く言葉、日本からやってきたんだと知った驚き、面白いこと、わからないこと…、こどもたちの表情が気持ちを代弁して、私に多くのことを伝えてくれた。楽しいんだ、よくわからなかったかな、感じたことに対して臨機応変に的確な対応ができたとは思えないが、最低限のフォローはできたのではないかと思う。


○何をした―伝えた、知ってもらった、感じた
以上のような活動の中で日本の文化を伝え、自分の住んでいる町のことを知ってもらい、またほんの少しではあるがフェアトレードについても知ってもらい、自分自身もイギリスという国、Ramsgateというまちの空気を感じ、そして1人ひとりとの出会いのかけがえのなさを実感した。自分1人の力で相手に伝えられることには限界があり、仲間と集まって話し合い、分担し、相談しあってこそひとまわり多くのことを伝えられるのだと思った。

あたたかな人々に迎えられ、力強い仲間に支えられ、新たな挑戦を繰り返したこの3週間は私の大切な経験の1つとなるだろう。3週間の間に感じたつらさ、苦しさ、悔しさをばねにし、今回得ることができた喜び、感動、笑顔を胸にこれからの人生で自分が他人に何をしてあげられるか、何を求められるのかを考えていこうと決めた。


○最後に
私と出会ったみなさん、自分を一歩成長させてくれてありがとうございました。そしてこれから参加しようかなって皆さん、このプログラムは自分で造り上げるものです。マニュアルなんてありません。どう「マニュアル」を壊し、発展させるかです。自分の時間をどう生きるか、限られた時間の中で考えてみてください。