出会いのすばらしさを強く感じた3週間

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坂内千紘さん
静岡文化芸術大学文化政策学部2年
イギリス・2012年8月参加


今回コミュニティインターンに参加したひとつの目的は自身の英語力の向上でした。昔から、「英語を話せるようになりたい」「もっと勉強しなきゃ」といいつつ、必死になりきれず中途半端なままで大学生活を送っていた自分を変えたい、その思いでこのインターンに応募しました。

このインターンでの活動内でまず印象的だったのはイギリスの教育現場、そして日本のそれとの相違です。まず感じたのはイギリスの小学校は「自由」だということです。これは児童が各々好き勝手に行動しているという意味ではなく、ある程度の規律は守られながら開放感のある教育がなされている、私個人の印象としては非常に理想的な環境でした。日本では、先生からほぼすべての指示が出されその通りに子どもたちが作業をしていくという受け身なスタイルの授業が主ですが、イギリスの小学生は自発的に発言または提案している場面が多かったように感じます。郷土カルタを作成したクラスで、そのカルタを使って彼ら自身でプレイしてもらったさいも、審判をサポートする人をつけようだとか、みなが積極的に提案しながら参加している姿がありました。

授業前は子どもたちの反応がとても不安でしたが、いざ子どもたちの前に立ってみると、そのような元気な発言がたくさん飛び出し、紹介した折り紙、習字、カルタいずれも目を輝かせて楽しんでくれました。彼らは日本文化について全く知らないわけではなく、とくにポケモンやキティーをはじめとした日本のアニメや漫画については良く知って楽しんでおり、日本のサブカルチャーの国境を越えた人気を実際に肌で感じることができました。

ここから発展して、文化的な違いに衝撃を受けることが多々ありました。私がまず驚いたのは小学校で女の子たちがマニキュアをしていたことでした。日本であったら「なぜ学校にそんなものをしてくるの!」と速攻指導の対象になるでしょう。学校ごとに違いはあるでしょうが、鞄も日本でいうランドセルのような決まった鞄があるわけではなく各々が好きなものを持っていました。お菓子や飲み物を持ってくるのも自由です。「学校では質素に」が一般常識、決まりごとが多く一律性、同調性をあらゆるところに求める日本人の国民性とは異なります。しかし休み時間の過ごし方を見てみたところ、教室で本を読んでいてもよし、ほかの場所で遊んできてもよし、といった日本の学校とは異なり、子どもたちは一斉に外に出されて先生の見ているなかで遊びます。また訪問した2校のうちでも校風が異なり、2校目のカトリック系の学校ではよりそういった先生の指導下で見守るという印象を受けました。このように、日本とは異なった場面で自由であったり規律があったりすることは、その内容にそれぞれの国民性が出ていて、とても面白く感じました。

またラムスゲートやロンドンの街を歩いてみて感じたのは、イギリスの街が「自国らしさ」をよく保持していることです。家をはじめとする建築物の外観に顕著でしたが、それらに一貫して感じられる英国の伝統には感心しました。反対に、現在の日本に伝統的な日本家屋があるかというと、洋風な外観・内装が殆ど。都会の建築物も然り。どんどん便利性を追求し社会が発展していくなかで、日本古来の伝統的な「和」の文化が薄れてゆき現代的な文化様相になってゆく過程が、外から日本を見つめてみて初めて分かりました。大学の学科で国際文化、多文化間のつながりを学んでいる自分にとっては、そういった様々な文化の相違がとても興味深く感じました。

3週間、様々な出会いがありました。ホストファミリー、パブで仲良くなったおじいさん、小学校の子どもたち。ラムスゲートの人びとのあたたかさにはいつも元気づけられ、彼らと毎日英語でコミュニケーションを取る生活はとても魅力的なものでした。しかし、言っていることがわからないまたは自分の言いたいことを英語にできず、彼らと十分に意思疎通をはかれないということも多々あり、幾度となく悩みました。伝わらないことを怖がり相槌だけになってしまう会話もありました。しかし帰国した今、その悔しさが英語学習への意欲となっています。将来また彼らと会ったときには、不自由なく楽しいおしゃべりができるようになりたい。それが今の私のひとつの目標となり、今必死に、しかし楽しく自発的に勉強することができています。イギリスで出会った人びとは、日本語だけしか話せなかったら親しい関係にはならなかったであろう相手。そのような、人と人とを結びつける、言語の可能性やすばらしさも実感しました。帰国してみて、渡航前何事も中途半端だった自分は確かに成長したと感じることができ、このインターンシップには非常に感謝しています。

また、毎日一緒に活動した仲間は私にとってかけがえのない存在です。本当に、出会いのすばらしさを強く感じた3週間でした。