天真爛漫な小学生たち

s140320East Kent Mercury

 

日比谷沙紀
東北大学文学部3年
イギリス・2014年2月参加

 

 


朝4:30に目が覚め、皆を起こさないように忍び足で洗面所に向かい、ざっとシャワーを浴びて、日の出を見てから一日が始まる。小学校でフル回転して身も心も気持ちよくクタクタになって帰宅した後は、ホストファミリーと会話をしながらゆっくり食事をとる。9歳の娘リリーと思いっ切り遊び、「もう寝る時間だよ」と寝室に送ってから、ようやく自分も倒れ込むようにベッドで眠る。こんな毎日があっという間に過ぎていった。

外国人の小学生に自分の今の英語力で話をしてみたい。教えてみたい。遊んでみたい。そんなことを漠然と考えながら、たまたま目にしたこのインターンの募集にさっそく応募した。英文学を専攻している私はイギリスに対して強い憧れもあり、前回旅行した時にぜひもう一度行きたいと思っていたため、このインターン参加はまさに一石二鳥だった。

現地の小学生は天真爛漫。あたりを見回しながらおどおどしている日本人の集団にも、容赦なく話しかけてくる。コンニチハ!ニーハオ!アリガトウ!その気さくさと笑顔が「遠慮しなくていいよ。どんどん話しかけてよ」と訴えてくれている気がして、初日から子供たちに導かれているように感じられた。

インターンの前に授業の構成を考えていた時は、伝えたい内容だけに集中して原稿を推敲していたが、一歩教室に入ると、紙面を見ながら思い描いていた授業のイメージとはまるで違った。子供たちが、「この黒い髪の浴衣の人、何話してくれるんだろう?」と前のめりになって興味津々な態度でせまってくる。想像していた以上に反応がよく、一人一人の感情が前から見てすぐに分かった。渡英前に抱いていた一方通行の授業のイメージは見事に打ち砕かれ、気がつけば子供たちの目を見ながら会話形式で進行するような授業を自然と行うことができ、それを自分自身も楽しんでいた。

折紙や書道を一人一人の児童の机をまわって教えながら、私はできるだけ多くの子供たちの名前を覚えた。筆を握りしめて力強い字を書いていた子、墨で手を汚して笑っていた子、完成したかぶとがなぜか五角形になった子、手裏剣の作り方をどうしても教えてくれとせがんだ子、お母さんにあげるんだと言ってハートの折紙を見せにきてくれた子、なぜ日本人は相撲が好きなの?と尋ねてきた子…などと、毎回教えながらなるべく全員の特徴をつかもうと思った。私が彼ら一人一人を覚えるのと同じように、彼らも「サキ」と言って私をすぐに覚えてくれた。その時点でまず一歩、異国・異文化という境界線を超えたように感じられ、言語の壁はあっても、子供たちの素直さと遠慮の無さがすぐにその壁を壊してくれるような不思議な感覚を味わうことができた。相手が大人だったらこうはいかなかったのではないか。

拙い英語で会話をしながら、ふと、十年後、この小学生たちが今の私と同じ年齢になって、どこかで「JAPAN」という言葉を耳にしたら、果たして今日のことを思い出してくれるのだろうか、と思った。教えてあげたカタカナの自分の名前は、その時もまだ書けるのだろうか。かぶとの折り方はまだ覚えていてくれるのだろうか。日本人が小学生時代の自分の前に来て何か面白いことをしてくれたな、英語が下手だったな、板書が汚かったな、墨は変なにおいがしたな、折紙はつるつるしていたな、後ろから手を持ってカタカナの書き方を教えてくれたな、Well done!って言ってくれたな、とほんのささいなことでいいから記憶の片隅に残しておいてほしい。「JAPAN」という響きを、今回の素敵な思い出と一緒に心のどこかにしまっておいてほしい。

もしかしたら、彼らの記憶に残っているのは、今回扱った書道、折紙、かるたのことよりも、初めて見た我々日本人の雰囲気や顔、ほんのささいなしぐさや何気ない態度、奇妙に聞こえる日本語の会話なのかもしれない。

私たちが日本文化を十分に理解できていない以上、異文化圏の子供たちにそれを完全に伝えることなど不可能だ。しかし私には、小さい頃祖母から教えてもらった書道や折紙、毎晩のように姉と楽しんだかるたなどの日本の遊びを通して、気付かぬうちに自然と「日本の心」が備わっており、それを日本人の“雰囲気”として自分の中から醸し出していたことを、このインターンを通して改めて実感することができた。

私は今回のこの経験を通して、今後の自分自身を支える大きな自信を得ることができたように思う。自分の中にある「日本の心」を異文化の子供たちと共有できたこと、それを彼らが楽しんでくれたこと、真剣に取り組んでくれたことがとても嬉しかった。出会ったすべての小学生に感謝したい。そしてこのプログラムを組み立ててお世話してくださったすべての方々に心から感謝したい。本当にありがとうございました。