コミュニティーインターンに参加して

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原田優生さん
信州大学農学部2年
イギリス・2013年9月参加


私が参加した理由は、「海外での生活を体験してみたかったから」というものです。教師になりたいなどの目標はありませんでした。語学研修などでも海外生活はできるが、この企画では、海外に行ってからの活動が明確でした。そして、せっかく行くのだから何か明確な活動目的があった方が充実したものになるのではないかと思いました。さらに、子供たちに、日本文化を紹介するということはなかなかできない体験で、良い経験になり、さらに親が、教師だったので少しは親のことがわかるかなと思い参加しました。参加した理由は、あまりかっこいいものではなかったのですが、とてもよい経験になりました。

実際に活動してみて、日本では経験できないことができたと思います。まず、ホームステイでは、温かい家族に恵まれ楽しく生活できました。私が印象に残っていることは、家を出ていくときや、寝る時など、顔を見なくなるときに「Have a good day」などの言葉を、必ず言うことです。相手への思いやりの気持ちなどをストレートに言葉で表現しているところが、日本とは全く違うけど、いい文化だな。と思いました。観光に行くときも、行き方を丁寧に教えてくれました。一日の出来事を話したり、夜一緒にドラマを見たり、そんな些細なことが、とても新鮮で、楽しい時間でした。英語力がなかったので、分からないことも多かったのですが、相手の表情や目を見ることで、なんとなく理解でき、会話もできたので、良い経験になりました。観光の帰り道に、道に迷ったこともまたいい経験でした。歩道のない夜道を友人と三人で歩き、どうなることかと思いましたが、パブなどで道を聞くと、優しく道を教えてくれました。そのお店に、お昼を食べに行き、おいしい食事ができました。偶然の発見が、結果的にとても良いものになりました。現地に住んでいる日本人と偶然出会い、おいしい料理店や、パブに連れて行ってもらったり、家に遊びに行ったり、楽しかったです。いろいろな人に出会えて本当によかったと、実感できる日々でした。

授業では、英語がうまく話せるか不安だったが、事前に授業で必要な英語を教えてもらえたので思っていたよりは大丈夫でした。事前に、自分の担当していた折り紙に関しては、友人とスライドを準備していたので、模擬授業でもやりやすかったです。突然の予定変更で、新しいスライドをつくらなければならなくなっても、一回作っていたので、作りやすかったです。かるたゲームは、外国の子供は楽しめるのかな。と思っていたが、とても楽しんでくれました。子供たちは、どの学校でも素直でした。私たちにとても興味を持ってくれて、日本に関する質問にも積極的に答えてくれました。ピカチュウや、ハローキティーがとても人気で、こっちの方が驚きました。しかしこれらのキャラクターが日本からたことはあまり知られていなかったです。そして、授業をしていないクラスの子供にもお昼ご飯や、そのあとの休み時間などに話しかけられたり、一緒に遊んだりして楽しい時間を過ごせました。授業中には、子供に英語の発音をなおされ、よい経験になりました。よくできましたシールは人気でしたが、それよりも印鑑の方がリアクションが良かったです。腕や手、顔などに押してほしいと頼まれました。このような子供たちとのふれあいが、とてもいい思い出です。

そして、フェアトレードの活動をしている、タミーさんに会い話を聞きました。なにか一つのことに一生懸命に活動している人はとても尊敬できると思いました。とても情熱的で、私も何か見つけて一生懸命頑張りたいと思います。

今回この活動に参加する前は、少し不安になることもあったのですが、一歩踏み出して飛び込んでいくと様々なことが経験できて、それが自分の中で一つの自信になり、一生忘れられない思い出になることが分かりました。そして今回出会った仲間にはいつも助けられて迷惑ばかりかけ、とても感謝しています。これからもずっと友達でいたくなる、そんな人たちと出会えてよかったです。三週間とても充実していて、とにかくこの活動に参加してよかったです。

 

Communication

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奥原 由真さん
信州大学教育学部4年
イギリス・2013年9月参加


今回の、海外での3週間の滞在、ホームステイ、語学学校、海外の小学校訪問は私にとって初めての経験でした。初めてのことだらけの今回のインターンでは「コミュニケーション」について多くのことを考えさせられました。

まずは、コミュニケーションにおける「言葉」についてです。英語のリスニング、スピーキングが特に苦手だった私は、3週間の滞在で最初に「言葉の壁」にぶつかりました。英語は日本でもある程度準備はしていったつもりでしたが、実際現地の方と会話をすると、ネイティブのスピードには全くついていけませんでした。そんな自分に、始めは強い挫折感を受け、現地の方と関わることに不安を感じたこともありました。それでも、英語でのコミュニケーションは日本ではなかなか経験できないと思い、この3週間は積極的に英語を使ってコミュニケーションを行おうと心に決めて取り組みました。わからない単語を事前に調べて会話の中で使ったり、言葉だけでなく、ジェスチャーや物を使ったりするなど、自分なりに工夫して会話をするようにしました。また、学校で日本文化を伝える際も、実物を見せたり、パワーポイントで映像に映したりして紹介することを心がけました。そうすることで、自分の考えや思いをわかりやすく表現でき、相手としても受け取りやすかったようで、スムーズな意思疎通ができたように思います。日本では、言葉を使って容易にコミュニケーションができてしまいます。しかし、日本語が通じない国で生活することで初めて、自分が今までコミュニケーションの仕方に工夫をしていなかったことに気づきました。言葉が伝わらない、伝わるに関係なく、「いかにわかりやすい伝え方をするか」ということが楽しく人とコミュニケーションすることの鍵だと学びました。体全体やモノを使うことはもちろん、言葉の中でもわかりやすい簡単な言葉を使ったり、ゆっくり話したりというように、考えればたくさんの工夫があります。私は今後、教師として働きたいと思っているのでそういった面でも、非常に興味深いことで、日々考えていきたい課題となりました。また、自分の気持ちや考えを伝えたい、発信したい、といった強い気持ちも、コミュニケーションにおいては大切だと学びました。私も、「英語を使って現地の人と話したい!」という気持ちがあったから、工夫のアイディアが浮かんだし、ホストファミリーや現地の方も親身に私の拙い英語を聞き取ろうとしてくれたのだと思います。英語を使って少しでもコミュニケーションができると、嬉しくてもっと頑張ろう!と高いモチベーションを持ち続けられました。そして、これまで言葉のみに頼るべきではないと書きましたが、言語能力が高い方が確実に密度の濃いコミュニケーションができるとも感じました。実際生活してみて、もっと英語ができればもっと深い話ができたのにな、と思うことが度々ありました。多くの人と関わるためにも、世界共通語としての英語をより確実なものにしていきたいです。

また、「文化」の発信はコミュニケーションのひとつのツールになると学びました。今回のインターンでは3校の小学校で日本文化を伝える活動をさせて頂きました。自分でも、ホストファミリーに日本のお土産や食べ物を紹介し「日本文化」を発信することに重きを置いて活動してきました。そのように活動する中で、文化をただ紹介するだけでなく、実物を見て、実際に体験することが よいコミュニケーションになるのだと思いました。小学校のインターンでも、折り紙、書道、そしてカルタを紹介し、子どもたちが実際に折り紙でかぶとを折ったり、筆や墨を使って漢字を書いたり、自分のカルタを作ったりといった実物や道具を使って作品を作るという活動ができたからこそ充実したものになったのではないかと感じます。そういった活動の中で、先生や子どもと会話をしたり、子どもたちには発音を直してもらったり(笑)と様々な関わりがありました。また、ホストファミリーには最終日、お礼に持参した浴衣を着せてあげました。浴衣を着せながら、なんで日本で浴衣が着られるのか等、浴衣を媒介に会話が弾みました。「文化の発信」は文化の紹介だけでなく、体験しながら交流を深めることができるとてもよい活動だったと思います。文化の違いは、日本と外国人という大きな括りのみならず、日本の中でもたくさんの文化が存在します。地域はもちろん家庭ごとにもそれぞれの文化を持っているのではないでしょうか。そんな文化の違いを話したり、家庭料理を作って食べてもらうといった体験をしたりして、身近な人とも簡単に楽しい関わりができるのだと、改めて気付くことができました。

(略)

今回の3週間で得た経験を今後に生かしながら、これからも英語の勉強に励み、多くの人との関わりを通してさらに精進していきたいと思います。

 

日本とイギリスの教育

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武井理美さん
信州大学教育学部3年
イギリス・2012年2月参加


私は大学で英語教育を専攻し,将来は中学校で英語の教員になることを目指して勉強しています。しかし,これまで海外に行った経験がなく,ネイティブスピーカーの人に対して英語を使う機会もなかったため,自分の英語力に自信がもつことができませんでした。そこで,大学生活が残り一年となった3年生の春休みに,最後のチャンスだと思い,海外に短期留学することを決めました。始めのうちは留学代理店を通した一般的な語学留学を考えていましたが,大学の掲示板でフロムジャパンのポスターを見つけ,英語を学ぶことができ,更にイギリスの教育現場を見ることができるというプログラムに魅力を感じ,すぐに応募しました。


私は3週間のプログラムに参加し,2つの小学校で日本文化を紹介し,子どもたちに体験してもらう活動を行いました。その中で日本とイギリスの教育の違いを感じる点がいくつかありました。

まず1つ目は入学年齢の違いです。イギリスは日本より入学年齢が2年早く,5歳で小学校に上がります。私は最初の授業で3年生のクラスを担当しました。日本では小学1年生にあたる歳の子どもたちです。私は実習で小学1年生のクラスに配属された経験があったため,その時のクラスと同じような学級の雰囲気を想像していました。しかし,活動を行ったクラスの子どもたちは,想像以上に集中力が高く驚きました。特に,教師や発言している他の児童の話を聞く姿勢が整っていて,教室を静かにさせることに苦労した日本のクラスに比べてかなり落ち着いているという印象がありました。年齢は同じでも早くから学校という環境の中で教育を受けることで,成長が早まるのかなと感じました。

2つ目は,イギリスではティームティーチングが徹底されていたことです。1クラス約30名の学級には必ず2名の教師がいました。私が見学したクラスでは1人が主に授業を進め,もう1人は支援が必要な児童に付いて手助けするという形でした。日本でも学級の小規模化が目指されていますが実現されていない学校も多く,私の実習校でも40人の生徒に対し1人の教師が授業を行っていました。実際に授業をしてみても,40人の生徒1人1人を満足いくように指導できませんでした。ティームティーチングが徹底されているイギリスはとても良いと思いました。

授業形態については他にも日本とは異なる点がありました。日本では生徒全員が黒板の方を向いて列を作るようにしたり,コの字型に机を配置するのが一般的ですが,イギリスでは5人から6人で机を合わせたグループ学習が行われていました。日本でも必要に応じてグループ学習が行われますが,多くの場合,効率が良いとされている集団方式の授業(教師が生徒全員に対して講義する形態)が行われているので,新鮮に感じました。また,グループ学習では生徒同士が顔を合わせているため,おしゃべりなどで教室が騒がしくなるのではないかと考えていましたが,子どもたちは課題に打ち込んでおり,集中力の高さに驚きました。

また,教師たちの違いも感じました。イギリスの教師たちは子どもたちの発言や取り組みを本当によく褒めます。子どもたちを認めてやることで自信を付けさせるためだそうです。それに比べて日本の教師たちは,褒めることが少ないと思います。私は授業中,問題に正しく答えても褒められたという記憶はほとんどありません。中学校ではいちいち「すごいね!」「よくできました!」という言葉がけをすることに違和感があるからかもしれません。しかし,英語の授業なら「Good!」「Well done!」「Excellent!」などの言葉がけがとても自然に感じられるのではないでしょうか。これは英語という言語や教科の特性であり大きな強みだと思います。私はイギリス滞在中このような英語の特性を感じる機会が何度もありました。日本では知らない人に道を尋ねることができませんでしたがイギリスでは気軽に声をかけることができました。イギリス人の明るい人柄と英語の気軽な雰囲気によって積極的になることができたのだと思います。

以上が私が感じたイギリスと日本の教育の違いです。


私はこのプログラムに参加し,改めて日本の教育について考えることができました。また,日本文化を伝えることを通して日本文化の魅力を再発見しました。特に折り紙は子どもだけでなく大人にも人気があり,一枚の紙から精巧な作品が出来上がることに感動されました。この経験を生かし,子どもたちが世界の言語や文化に興味をもつことができる英語の授業を作っていきたいです。

最後に感謝の気持ちを書きたいと思います。このプログラムではとてもたくさんの人に出会い刺激を受け,助けてもらいました。他の参加者や語学学校の先生,主催者である景谷さんのおかげで日本語が通じない環境でも,なんとか授業をすることができました。そして,私を温かく迎え入れてくれたホストファミリーなしではこんなにも楽しい時間は過ごせなかったと思います。初めての海外は周りの人に恵まれ,とても良い思い出になりました。

コミュニティインターンに参加して

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内堀万里恵さん
信州大学教育学部4年
イギリス・2012年2月参加


この度は、コミュニティインターンに参加させていただき、ありがとうございました。初めての海外で、たくさんの貴重な経験をさせていただきました。海外へ行ったこと自体も、自分にとっては大きな経験でしたが、小学校を訪問し、日本文化を紹介したり、授業を参観させていただいたり、フェアトレードのイベントに参加したり、と、ただの旅行ではできないようなことをさせていただきました。毎日の活動については、週間レポートや修了レポートに記したので、そこには書ききれなかったことの中から、いくつかを、この作文に書きたいと思います。


小学校を訪問して

初めて訪問したクラスでは、音楽かフランス語の授業を行っていたようでした。子どもたちは歌っていて、最後に先生はフランス語であいさつをされていました。子どもたちが歌っていたとき、あまり口を動かしていない子どもに、先生が強く叱っている様子が見られました。その授業が終わった後、叱られていた子どもは、悔しそうな顔をして、鉛筆を真っ二つに折っていました。

私は、自分が小学生だった頃のことを思い出しました。音楽の時間に、大きい声を出すことができず、先生に怒られ、余計に萎縮して声が出なくなり、音楽の授業が嫌いになりました。大学生になって、自分の好きな音楽を発見したり、コンサートで感動を味わったりしたことによって、自分の中に、音楽を好きになれる要素があったことに気付きましたが、今でも、音楽に対して苦手意識があります。

教師の対応の仕方によって、子どもが、ある教科を嫌いになってしまうということは、とてももったいないことだと思います。一度、その教科を嫌いだと感じてしまうと、意欲も減少し、学習の成果も上がらなくなり、より自信がなくなっていき、さらに嫌いになってしまうという悪循環になりかねません。また、その教科に対して本来持っていた才能を、活かすことができなくなってしまうかもしれません。

子どもが、自分に自信を持ち、意欲が増し、その教科を楽しいと感じられるように、声掛けや、授業展開など、よく考えて工夫していかなければならないな、と改めて思いました。私は、学校の教員になるかどうかは分かりませんが、子どもが好きで、教育に関心があるので、残りの大学生活で、子どもにとってどのような授業や声掛けがよいか、学んでいきたいと思います。


ロンドンでの出会い

最後の休日、一人でロンドンへ行きました。メインの目的地は、ロンドン動物園でした。バスで近くまで行きましたが、たどり着き方がわからず、道を歩いていた若い女性に、”How can I get to the London Zoo?”と尋ねました。するとその女性は、「私も今からそこへ行くところだから、一緒に行きましょう」と言ってくれ、しばらく2人で歩きました。

 歩きながら、彼女は、イタリア出身で、ロンドンに語学留学していること、語学学校はもうすぐ修了するが、あと数カ月はロンドンに滞在するため、仕事を探していることなどを話してくれました。

そして、これからどんな大学に行くか考えているところだと言っていました。彼女は、高校を卒業した後、すぐには大学へ行かずに、ロンドンに留学(+ワーキングホリデー?)したようです。

私の周りでは、高校生のうちに受験勉強をして、高校生活の終わり頃に一斉に大学受験をする、というパターンが当たり前のようになっていました。そのため、大学を決める前に海外へ留学する、という考えは、とても新鮮に思えました。

そのようなことを話しているうちに、私たちは駅にたどり着きました。そう、動物園ではなく、地下鉄の駅に着いてしまったのです。どうやら、私の発音が悪かったのか、”zoo”と言ったつもりが、”tube”と聞こえていたようです。動物園へは、少し遠回りになってしまいました。

しかし、聞き間違えられたおかげで、彼女と一緒に歩くことができ、自分の視野が広がるような話を聞くことができました。世界にはさまざまな生き方をしている人がいて、自分が「こうしなければならない」と思っていることも、無限にある生き方の中のごく一部に過ぎないのだと感じました。この出会いを大切にし、もっと発想を自由にして、自分のこれからの生き方を考えていきたいと思います。


イギリスの街並みから

イギリスに着いて最初に感じたのは、街並みがきれいということでした。レンガ造りの家が多く、カラフルな建物もありながら、調和が保たれていて、テーマパークや、映画のセットのようでした。街中の時計一つでも、クラシックなデザインで雰囲気がありました。大都市のロンドンにも、現代的で無機質なビルが少なかったのが印象的でした。

そのように、街並みの美しいイギリスですが、道のゴミや、犬のフンは多かったです。また、ロンドンでショーを見たとき、終演後の座席のいたるところに、ポップコーンが落ちていました。公園でラグビーをした後の選手たちが、靴底に付いたたくさんの泥を、人が通るところで勢いよく払い落としていたのも衝撃的でした。その泥は、従業員さんたちが掃除していました。

イギリスでは、小学校の清掃も、子どもたちではなく業者が行うそうですが、そのような習慣も含め、清掃は業者がやる(から自分は掃除しなくてもいい)ものだと認識されているのかな、と感じました。