遊びから学ぶもの

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林 理奈さん
東京造形大学造形学部2年
イギリス・2013年2月参加


今回の英国インターンで、いろいろな小学校を訪問して、たくさんの小学生と触れ合うことができました。日本の小学校とは違った、カラフルな色使いの教室や廊下の装飾が、とても魅力的で素敵でした。さらに、金髪や赤髪を生まれ持った少年少女たちをたくさん目の当たりにして、自分が洋画の中に入り込んだような気分になりました。子どもたちに、いくつか日本の文化を紹介してきましたが、中でも遊びの文化について述べようと思います。


■魔法がかかった、折り紙

日本の文化を紹介する際に、折り紙を主に担当した私は、こどもたちに楽しんでもらいたいと思い、最初の導入で「あらゆるポケットから折り紙で折ったモノを次々に取り出して見せる」という、ちょっとしたマジックのようなものをやりました。子どもたちは興味をもって見ていてくれたので、やって良かったと思っています。いくつか見せた折り紙で作ったモノの中で、より興味を示してくれたのが、羽の動かすことのできる鳥でした。本物の鳥のように羽ばたくので、みんな驚いていました。折り鶴を少し工夫して折ることで、羽ばたく鳥に作り変えることができます。私が子どもの手にした普通の折り鶴を、羽ばたく鳥に作り変えるととても喜んでもらえて、作り変えてほしいと頼んでくる子がたくさんいました。動かなかったものが動くようになったので、子どもたちは折り鶴に魔法がかかったように思えたかもしれません。私自身が羽ばたく鳥を知ったのは、中学生の時に友達が作って見せてくれたのがきっかけです。その時は羽を動かせることにとても驚き、面白いと感じました。この驚きを共有することができて良かったです。

子どもたちとメインで作った兜は、最初に折り紙で折り、つぎに新聞紙で作りました。新聞紙で折る兜は実際にかぶることができるので、出来上がると嬉しそうに作った兜をかぶっていました。兜には切り紙などを貼ってデコレーションも施して、自分だけのオリジナルを作り上げました。やはり、子どもたちにとっては作って終わりのモノより、動かしたり、身につけたりと遊べるモノを作るほうが喜んでもらえるのではないかと思います。


■かるたで出来ることを自分なりに創って、社会に広めていきたい

かるたといえば、幼稚園生の頃に「おやくそくかるた」を家庭でよくやっていました。おやくそくかるたなので、遊びながらも自然とルールやマナーなどを学ぶきっかけとなり、有効な教育道具のひとつとなっています。

サネットかるたは、かるたゲームを通して遊びを楽しみながら、サネット地域の建造物や見どころなど、地域のことを学ぶことのできる教材にもなるところが面白いと感じました。絵札を見て、知っている建物や場所があると子どもたちは反応を示していました。私自身、初めて訪れたサネット地域でしたが、サネットかるたで遊んでいるうちに、だんだんと地域のことを知っていくことができました。また、実際に街に出て絵札のモチーフを見ることで、認識がより一層高まりました。サネットかるたを使って自分の住んでいる地域を知ることで、より地域に対する愛着が湧くと思います。それによって地域全体が盛り上がり、地域活性化に繋がっていってほしいです。

かるた大会では、学校対抗で競うため仲間意識が強まり、全員でバンダナをハチマキのように頭に巻くチームがあったり、試合中に絵札を勝ち取る度にチームにVサインを送るところがあったりと、各学校それぞれに団結力が見られました。大会前に練習した時は、大賑わいで騒がしかったのですが、本番は誰もが真剣に取り組んでいて、審判をしているこちらまで緊張が伝わるようでした。ここではもう、かるたゲームは単なる遊びではなくて、判断力、瞬発力、集中力を求められるスポーツのようでした。

かるたの事を知れば知るほど奥深いカードゲームだと感じました。もっとみんなにかるたの事を知ってもらいたいです。かるたゲームは子どもからお年寄りまで、みんなで楽しむことができる点でもとても良いと思います。今後、機会があればかるたで出来ることを自分なりに創って、社会に広めていきたいと思います。


さいごに

日本文化を紹介することで、日本のことを客観的に見ることができ、改めて日本を見つめ直すきっかけとなりました。たくさんの人に出会い、言語が違う中で説明したり、言いたいことを伝えたりする機会があらゆる場面でありました。過ごした3週間は色濃く、普段はしないような貴重な経験をたくさんすることができました。

子供たちのカルタは「アートのお手本の様」

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根本千尋さん
東京造形大学造形学部3年
イギリス・2011年2月参加


今回のコミュニティーインターンで、教育や、地域活性化等の分野に触れる機会を得ました。どちらも大変興味深く、また活動を通して考えさせられたことが多々あり、実りの多い体験をする事ができました。レポートにおいて何を中心に書くかということには頭を悩ませましたが、今回は参加者の中で唯一の美大生ということでしたので、子供たちの絵を見て感じたことに重点を置き、活動を美術方面からの視点を持って考察してみようと思います。


「つまらない絵を描いてしまった」

絵札づくりの当日に、欠席した生徒が出たために、絵札を作る機会がありました。私の専攻分野は建築、家具なので、絵を描くときは大体が設計図やデザイン案を描くときになります。特に設計図はそのまま作品になるようなものなので、いつもなるべく実際に近いものを、という気持ちで描いています。そのため、私は絵札に絵を入れる際、当たり前に、与えられた見本の写真にできる限り忠実に絵を描きました。

子供たちは私の絵を見て上手だと褒めてくれました。写実的には描けていたのだと思います。しかし私は子供たちの描いた絵をみて、それが私の絵などよりとても良いものだと感じました。そして私はなんてつまらない絵を描いてしまったのだと後悔しました。なぜなら、子供たちの絵が、写真の題材と似ていなくとも、題材の特徴をとらえた面白い絵だったからです。

そこで、写真のような絵を求めるのなら、あえて絵を描く意味がないことに気付きました。それならば写真をそのまま張り付ければ事は足ります。あえて絵を描くなら、そこには写真では表現できない何かを加えることが求められるはずだったのです。


カルタの絵札-根本さん作成


現場の写真-バイキング船


絵には、子供達そのものが表現

私の見た子供たちの絵には、子供たちそのものが表現されていました。彼らはまず、写真を見て描くべき題材を脳内に取り込みます。次に、その映像情報に彼らの既成概念と固定概念を練り混ぜて、脳に忠実に動かない筆で絵を描き上げます。完成するのは写真とは少しだけ違う形と、少しだけ違う色で描かれた題材です。私はそれに味があると感じました。現実味がなかったからです。

私は地平線が目線の高さだと知っていて、景色を描くには消失点を設定すれば現実味が増すことを知っています。私は知識と手順に従って絵を描いたのです。私の絵はつまり、知識さえあれば誰かも同じように描ける絵ということです。

しかし彼らは描き方を知らないので、思う存分、現実からずれた彼らの考える世界を表現することができます。彼らの目を通して、思い込みを含み、そこに表現するための器用さが関わって完成した絵札は、まさに1枚1枚が1人1人の個性そのものです。

「絵のうまい大人」ではこうはいきません。知っていることを知らないことのように絵を描くのはとても困難なことだからです。


子どもが描いた絵札。写真を見ることなく、自分の記憶を頼りに描いていました。。


現場の写真。カルタ作成後、写真を撮影。偶然、列車が来てびっくり。


アートのお手本の様

このカルタは、アートのお手本の様だと思います。実際に大学の授業で、”絵画を専攻する人たちに写実的なデッサンが必要なのは受験期だけで、入学した後はそれを忘れて個性のある絵を描けるようにならなければ、画家にはなれないのだ”ということを教わりました。そういう意味では、全ての子供には十分に画家になる素質が秘められているといえると思います。

地域の建物を題材にした、地域の子供たちの個性を反映した郷土カルタは、美術的側面から見ても、優れたものになったと思います。冒頭に挙げた2つに加えて、子供の絵という大変興味深い分野に触れることができ、とても嬉しく思います。